Promise

ススム | モクジ

  プロローグ*幼き日の約束  

「――この先、何があっても、ずっと一緒だからね」
 繊細で上品な細工の施された窓枠に、レースが幾重にも重ねられたドレスの裾がはためくのも構わずに腰掛けた幼い少女は、春の昼下がりの柔らかな陽光と暖かな風を絹糸のような長い金髪に浴びながら、子供用ながらも品良く整えられた室内を振り返り、約束ね、と年齢の近い二人の少年へと無邪気に微笑んだ。その様に彼女よりもほんの少し年上に見える利発そうな顔立ちの金髪の少年は怪訝そうに、
 「フェリカ、いきなりどうした?」
 「今、この国はどんどん変わっていっているでしょう?お父様とお母様が隣の国の悪い人にいきなり殺される事件があって、お兄様が王様になって」フェリカは宝石のように美しいアイスブルーの双眸に年齢に不釣り合いな静かな光を湛え、淡々と言葉を紡ぐ。たどたどしく語られるその内容は幼い声と年齢相応の語彙力に反して、ひどく重苦しいものだった。「お兄様は今、ルークと協力して、国のいろんなことを頑張ってる。だけど、貴族の人たちがお兄様にいろいろ勝手なことばっかり言って振り回してて、これからこの国は――ロウェイスはどうなっちゃうかわからない、そうでしょ?」
 フェリカたち三人の暮らすこの国――ロウェイスはつい先日、隣国であり、長年緊張状態にあった敵国セレイドの魔導師による襲撃に遭い、フェリカの両親である国王夫妻をはじめとする国の重鎮たる人物数名を殺害された。丁度、タイミング悪く王城で開かれていた寒さの厳しい新年の宴での出来事だった。
 近衛騎士団に守られ、第一王女のフェリカと兄王子である王太子のノウェインの身は無事であったが、事態が事態であったために国内はひどく混乱した。セレイドとの戦争も囁かれたが、国王夫妻の喪が明けるのも待たず、まだ十三歳と歳若いながらもノウェイン王子は略式で即位の儀を行ない、こちらもまだ二十代半ばと若いながらも次の宰相として有望視されていたルークと力を合わせ、まずは混乱した国内を安定させるための政治を執り行なっていった。新体制に反発する派閥からは、そういった姿勢を謗る声も上がったが、若き王は内政へと力を注ぎ続けた。 そんな状況の中、全国王夫妻の喪が明けたとはいえ、まだ事件からの日も浅く、王城ではまたいつ何があるかわからないという理由でフェリカは唯一の肉親とも引き裂かれ、城下にある乳母の屋敷へと一時的に身を寄せていた。ノウェインの身に万が一のことがあったときに、この国の王座を継げるのはフェリカただ一人であったため、この二人を同じ場所に住まわせておくのは危険だった。そんな彼女の心情を慮ると、二人の少年――ティゼルとケイゼスは何も言えなかった。そんな二人をよそに、フェリカは打って変わって春の光のように澄んだ明るい声で、
 「だからこそ、ね?わたしたちはこの先、何があっても絶対に変わらない。絶対に、離れることなく一緒にいるの。いつまでも、ずっと」
 そう言って、姫君らしくなくにっと白い歯を見せて快活に笑う彼女に、金髪の少しだけ年上の少年――ケイゼスは肩を竦めると、
 「ったく、わかったよ。仕方ねえなあ、フェリカは。な、ティゼル?」
 「えっと……」
 水を向けられた気弱そうな黒髪の少年は口ごもり、俯いた。
 ティゼルは本来であれば、この二人とこうして過ごしていられるような身分ではない。フェリカはこの国の第一王女であり、ケイゼスにしても、近衛騎士団副団長の子息という高貴な身分である。
 一方、ティゼルは出自も知れぬ孤児であり、フェリカの乳母であるロナの家に拾われた身の上だ。年齢も近く、家柄としても申し分ないという理由で、元からフェリカの遊び相手として宛てがわれていたケイゼスと違い、義母のロナがフェリカの乳母でなければ、ティゼルはこうしてフェリカと過ごすことは叶わなかった。しかし、この関係もいつまでも続くものではないであろうことをティゼルは幼心に悟っていた。フェリカはいつか、王女としての役目を果たすべく、国内の有力貴族か他国の王族の元へと嫁いでいくこととなるだろうし、ケイゼスはいずれ近衛騎士団副団長を務める父親と同じ道を歩むべく騎士となるだろう。しかし、恐らく、ティゼルは下級文官である義父のジレイドの補佐役がせいぜいだ。そう遠くない未来に、三人は別々の道を歩んでいくことになるだろう。フェリカの言うこの先もずっと一緒にいるなんていう約束は絶対に叶うものではない。
 「ティゼル」
 フェリカが腰掛けた窓枠から半ばずり落ちそうになりながら、彼の顔を覗き込んでくる。ドレスの裾は下に履いているであろうペチコートが見えそうなくらいはしたなく捲れ上がっていて、彼女の乳母である自分の義母に見つかろうものなら、何故かティゼルとケイゼス共々叱られるのはこれまでの数限りない実績からして疑いようがない。
 「あのね、あんたは自分の身分がどうとかってくだらないことを考えているんだろうけど、そんなの関係なくわたしもケイもティゼルの友達でしょ?違う?」
 「違、わない……」
 ずい、とフェリカに人差し指を鼻先に突きつけられ、ティゼルはたじろいだ。ケイゼスが、まあまあ、と年長者らしく執り成すように、
 「ティゼル、お前は頭いいけど、すぐそうやって難しく考えるのは悪い癖だぞ。フェリカの言う通り、オレたちは友達だろ?だから、フェリカもオレもお前の身分なんて関係なく、ずっとこの先も友達でいたいと思っているし、ずっと一緒にいたいと思ってる」
 「ケイ……」ティゼルは顔を上げ、遠慮がちにおずおずと、「僕も、フェリカ様とケイと、ずっと一緒にいたい……。友達、だから……」
 ティゼルのその言葉に、フェリカとケイゼスは視線を交わしあった。そして、フェリカは室内へと向かって、ひらりと勢いよく窓枠から飛び降りると、両手でティゼルとケイゼスの手を握った。そして、彼女は言った。
 「ティゼル。ケイ。この先、何があってもずっと一緒だからね。約束よ」
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