カケラ -close to you-

モドル | モクジ

  エピローグ*閉じた世界の真ん中で  

今にも雪が降り出しそうだった。吐く息が白い。彼は大事そうに腕に抱きかかえていた最愛の少女の亡骸を霜の降りた地面へとそっと横たえた。その横には、かつて花束だったと思われるものが、水分を失ってからからに乾燥し、茶色くなって転がっている。彼は凍てつくようなこの寒さにも関わらず、着ていた外套を脱ぐと、彼女の身体へと掛けてやった。彼は、彼女の亡骸の傍らへと腰を下ろした。細く骨ばった指で、彼は梳くように優しく、愛おしげに彼女の短い黒髪を撫でた。
「シュリ…」
彼は、彼女を弔うため、彼女の両親がかつて亡くなった――彼が彼女の両親を喰らったこの場所へと連れてきた。死してなお、一人で淋しい思いをしては欲しくなかった。
”人喰い”である彼は、人間は故人の亡骸を土へと葬る習慣があるということを知識としてしか知らない。せめて、彼女が淋しくないようにと、この場所を選びはしたものの、この寒い季節にそれはあまりに忍びなく、彼は踏ん切りが付かないままでいた。かといって、彼女が最期に望んだように、彼女を喰らい、生き延びるような真似は出来そうにもなかった。本能はそれを激しく渇望していたが、心がそれをこうして死に瀕してなお、拒み続けていた。
「どうするか…」
彼はすっかり木々の葉の落ちた森の中、独りごちた。この季節のせいで、愛する彼女へ手向ける花束一つ用意出来ていない。そうだ、と思いついて、彼女の身体にかけた外套かのポケットから、短剣を取り出した。それを墓標に見立てて、地面へと突き立てる。
「ないよりはまし、か…」
満足したように彼は短剣を見やると頷いた。無骨ではあるが、彼女の両親の形見でもあるというし、ないよりはずっといいだろう。
「あ…」
そのとき、ぐらりと身体が傾いだ。起き上がろうとするが、身体に全く力が入らず、微塵も動かない。ずっと気力だけでどうにかしてきていたが、己の生存欲求を無視して、無理を強い続けてきたことにより、完全に彼の生命が限界を迎えているようだった。
身体の内側を灼かれるような痛みが苛んでいたが、不思議なくらい、彼の心は凪いだように穏やかだった。ああ、自分も死ぬんだな、とドゥーエは思った。彼女は最期に彼が生きることを望んだが、どうやらそれは叶えてやれそうにはない。
「シュリ…すまない…」
彼は鉛のように重い左腕をどうにか動かし、固く冷たくなったシュリの右手に指を絡めた。彼は白く霞みゆく視界に映る彼女を愛おしげに見つめた。遠ざかる意識の中、ドゥーエと彼の名を呼ぶ彼女の声が聞こえたような気がした。つう、と温かな液体が彼の顔を伝い、彼は目を閉じた。
「シュリ…ありがとう…愛している」
呟いたその言葉を最期に、彼の意識は途絶えた。吹き抜ける冷たい冬の風が二人の髪を揺らす。さらさらと降り始めた雪空の下、二つの人影が寄り添い合うように横たわっていた。

Fin.
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